「偏食」の世代。

昨晩大学時代のダチとしゃべってたネタ。
文物が安易に享受されるようになった現代では、往時のごとき古今東西の事物に通じる真の「博覧強記」な知識人が逆に生まれ育つのが難しくなったのでは、と。
例えば明治期の文豪の多くは夏目漱石はじめ、和漢両方に通じている人間ばかりだった。洋書を原書で読みつつ、漢詩もたしなむような仁が当たり前のようにいたのだ。
欲しいモノやネタは、書物でも音楽でも映画でも、ネットで検索一発で入手できるようになった現代社会でこそ、万物に通じる真の教養を得る人間が出てきてもおかしくないのだが、ついぞ見かけない。
結局、人は得てして自分が欲しいモノばかり優先的に漁ってしまうので、知識教養にも「偏り」が出てしまう傾向が年々強まっている。得意分野が狭まる一方というか、いわゆる「専門バカ」ばかりが輩出されるばかり。
大いに自戒したい話である。とりあえず、山田五郎センセイを目指すか(笑)