Love Stinks

小春日和の昼下がり、ぽっかぽっかとのどかな陽気、縁側でひなたぼっこと洒落こむ御隠居の元へ、なじみの野郎がやってきた。
「おや、熊さん。久しぶりじゃねぇか? なんでぇ、しばらく顔も見せねぇで、水臭ぇ野郎だ。まぁ、あがんねぇ。おや、浮かねぇ顔してるが、どうしたい?」
「どうもこうもねぇよ。御隠居、ごいんきょ、おらぁ、もぅ毎日こうして汲々と生きてるのがイヤになっちまった」
「『薮から棒』になんでぇ。まぁ、話してみねぇ」
「いやね、おれのやってる生業なんざぁ、しょせん他人のふんどしで相撲とってるだけ、要するに、人様のものを適当に使い回して生きてるってだけ、これじゃあ乞食と変わらねぇって思うようになりましてねぇ、ええ。乞食なら叩き殺されたほうがマシってもんだ、どうです?」
「あんたみてぇなのは、乞食なんたぁ言わねぇよ。乞食ってな、橋の下だか河原だかに住んでる。ああいう手合いはものもらい、で、あんたはてぇと、ただの長家住まいの風来坊ってやつだぁな。たしかにとても立派たぁ言えねぇが、たまにゃあちっとはてめえの才覚で稼いでるじゃねぇか」
「おれもそう思ってきたけどよ、なんだかこのごろ、てめえでてめえがどうにも情けなくなっちまって。ひとりで何をこさえているってわけでもなし、結局、他人様のものを食いつぶして生きながらえてるってだけだ。それがあんまり情けなくってねぇ。このごろひとりでいると、なんだか泣けてきてしょうがねぇ、畜生」
「なるほど、こりゃあ重症だな」キセルを取り出し、一服つける御隠居。
「春も近ぇから、ぐうたらの熊公もとうとう冬ごもりから覚めてはい出してきやがった! ってぇ思ったら、なんでぇ、そんなことでくよくよ思い悩んでいたのかい? しょうがねぇ野郎だ、ったく!」
ふっと一息、煙吐き出し、かッかッと笑う御隠居。熊公、ますます情けない顔になり、手ぬぐい出して目元をぬぐわんばかりの風情。
「やっぱ、おれみてぇな田舎者にゃあ、花のお江戸は似合わねぇ。里に帰ぇって、畑でも田んぼでも耕していたほうがよござんすかねぇ? 日がな土でも掘っくり返していりゃあ、人様の力なんて借りず、自給自足でやれる算段もつくかもしれねぇな、ってねぇ」
「はッ、そんな算段がついてたら、ハナッからお江戸なんか出てきゃぁするもんけぇ! 田舎でくすぶってるのがイヤだってぇんで、村を飛び出してきたんじゃねぇのかぃ、え?」
「たしかに、そうなんでげすが」
「なぁ熊公、人間ってなぁ、どうしてもひとりじゃ生きられねぇ生き物なんだよ。人間、生まれるとき、死ぬときはどうしても他人様の手を借りなきゃしょうがねぇ。世間を渡っていくにしても、しょせん、てめえひとりでやれることなんざぁ、たかがしれてる。みんながみんな、他人様のものを食いつぶして生きてるんだ。あんたみてぇにてめえがひとりで悩んだってぇ、どうしょうもねぇことなのさ。
かといって、たしかに一生親だの何だのにおんぶにだっこ、他人様のふんどしばかりで相撲とるってなぁいけねぇ。てめえでやれるこたぁ、できるかぎりゃあ、てめえでカタつけなきゃいけねぇやな。
熊さんよ、今じゃなくてもいつかはな、あんたみてぇな風来坊の手も借りてぇってことがあらぁな。そんとき知らぬ顔の半兵衛決め込んでちゃいけねぇ。骨身惜しまず、精魂こめて尽くしてやるんだ。おれっちみてぇなつまんねぇ野郎に目ェを向けてくれたってだけで功徳というもんでござんす、つぅ具合にありがた〜くお受けしなきゃあ、いけねぇよ。
まぁ、人生、お互いさまよ。『情けは人のためならず』なんて、うめぇこと言ったもんだぜ、昔の人はよ……。」
知らぬ間に、御隠居の孫娘でお手伝いのお花ちゃんが、熱〜い湯のみに入ったお茶を熊公の膝元に置いてくれていた。どうも、と熊公一礼、がぶりとやって、
「ううッ、あっちっち。ふぅ〜、こりゃあ五臓六腑に染み渡るねぇ」
「熱燗じゃあるめぇし。ぐびッとやるやつがあるかい、ちッ。まったく名前どおり、熊公だよ」
「なるほどねぇ、うめぇもんですねぇ。うまくできてやがらぁ、ほんとにねぇ」
熊公、さっきまでの不景気なツラもどこへやら、お茶一杯ですっかりできあがっちまった。その様を眺めていたお花ちゃん、着物のたもとで口元を隠してくすくすと大笑い。
御隠居はまたひとつ、大きく煙を吐いて、庭先に目をやった。
「ああそりゃ、今朝、咲いたやつだよ」
気がつけば、御隠居御自慢の紅梅が満開であった……。
ベタでおそまつ。




正午。叔父が亡くなったと知らせが入る。これから通夜のため帰省。
なんてせわしなくしてたら、なぜかいきなり鼻血が出てきた。のぼせたのか? やれやれ。