リチャード・ジェサップ「摩天楼の身代金」(文春文庫、平尾圭吾訳)

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周到無比なる計画で、超高層ビル爆破を恐喝、4百万ドルの身代金を何と<競馬>を活用してまんまとせしめる、謎の青年トニオの完全犯罪を描く、犯罪ミステリの傑作。使えるセリフも満載! 見よ! キレる男はうるわしの美女とベッドを共にしても、舞い上がることなく、名言をサラリと吐くのだ! 

「自分のことだけをやればいい。でもやってることをちゃんとわきまえなくちゃいかん。(中略)ほかのやつらが言ったり考えたりすることに左右されちゃいかん。他人に自分の時間を奪われないことだ。時間ほど貴重なものはこの世にない(略)」
「ほかに、してはいけないことは?」長い沈黙の後、エリノアがたずねる。
「慈善行為だ。もし、慈善の匂いがしたら、すばやく判断し、冷徹に対処することだ」
「たとえば、救世軍のような?」
「ちがう。おれのいうのは他人に食べ物や眠る場所を提供するようなことではなく、自分の時間や存在を無駄に与えることなんだ」
「夢をみることは?」
「夢はダメだ。綿密に計画を立てても、夢をみるのはいかん。夢は、きみから現実感を奪いとってしまう」

……てやんでぇ、たかが小説じゃねぇか! などとツッコむなかれ。できる男はただ黙って微笑んで、メモなぞせずに、脳裏のどこか、いつか使える言葉をたくわえておくものだ。ナニ、てめえが書いてるじゃねぇかって? ふん、上にも書いてあるだろう? 男は、いや、女も自分のことだけをまず考えればよいのだ。

摩天楼の身代金 (文春文庫 (275‐7))

摩天楼の身代金 (文春文庫 (275‐7))