小津安二郎「監督 小津安二郎」厚田雄春氏インタビューより

蓮實重彦の名著(ちくま学芸文庫)、290ページより。以下、当該箇所の書き抜き。*1

(略)俳優でも僕等でも、「お前なんか旨くなくってもいい」と、「旨くなくってもいいから、そのすべてに熱を持て」ということをよく言われましたね。一所懸命にやりなさいと。ですから、拙い人でも一所懸命にやった人はやっぱり、一所懸命にやってるから、「あーあ、いい、あいつはいい人だよ」と。なまじっか中途半端な人は「あーあ、そうか、そうか」って言うのね。ですから、「仕事に上手下手はないんだ」と、「熱心にやればその熱が出て来る。余熱がある。それさえあればいいんだ」っていうことをよく言っておられましたけどね。(略)



個人的に仕事上、メゲるといつも思い出す一節である。
もちろん、巨匠・小津の人間観が垣間見える発言としても非常に興味深い。台詞は熊本訛りが抜けない棒読み口調、どちらかと言えば大根役者だったという笠智衆を抜擢し、彼をおのが作品の“顔”としたのも、笠智衆が不器用ながらも一心不乱に演技に打ち込む愚直な性格の人だったからではないか。上記の言葉を借りれば、まさに「旨くはないが、一挙一動に“熱”がある」俳優であったからこそ、笠智衆は余人をもって替えがたい、「たたずまい」を身にまとっていたのではなかろうか。


*1:自らインタビューの書き起こしや編集作業を多少なりともかじるようになった現在、改めて読み返してみると、本インタビュー、個人的には「構成」がやや粗いように感じる。たしかハスミンのお弟子さん(つまりは大学院生とか)かどなたか、とにかく起こしの「素人」が作業したゆえある種ダメダメ…なんて噂を聞いたことがあるが、詳しくは知らぬ。厚田さんのナマな言葉を大事にしたい、という思いが先行したという面もあるかもしれぬが、それにしても。もちろん、そんな些細なマイナス点を差し引いても、このインタビューや後年出たリュミエール叢書小津安二郎物語」の資料的価値は、今なおいささかも減じるわけではないとも思うが。