『新・座頭市 II』第7話「遠い昔の日に」


原作:子母沢寛
脚本:中村努
監督:勝新太郎
音楽:村井邦彦
制作:勝プロ/フジテレビ


座頭市勝新太郎
お艶:李礼仙
浅次郎:石橋蓮司
留吉:草野大悟
又右衛門:大出俊
さと:稲川順子
茂造:矢野宣
甚作:北見浩一
豊次:北西道広
寅松:岩堀光樹
くま:高木峰子
三平:那須真実
ほか


何十年ぶりかで生まれ故郷の土を踏んだ座頭市勝新太郎)は、真っ先に大地主の「そめ屋」を訪ねた。移ろいやすきは世のならい、界隈きっての分隈者といわれた「そめ屋」はすでに没落、広大な屋敷は廃墟と化していた。昔「そめ屋」には、“お艶”という娘がいた。市よりちょっと年下だったが、市によくなつき、二人でままごとで遊んだ思い出だけが、もの心つくかつかないうちから世間の荒波に放り出され、ありとあらゆる世の中の辛酸をなめつくしてきた市にとって、追憶にあたいする唯一の過去だった。市は、どこかの空の下で生きているに違いないお艶の幸福を心から祈った。
 市は、幼なじみの留吉(草野大悟)の家に草鞋をぬいだ。平凡だが安穏な庶民の生活をつつましやかに暮らす留吉は、市を温かく迎え入れた。
 いじめっ子にいじめられる目の不自由な市を、ムキになってかばうような男気が、子供のときから正義感の強い留吉にはあった。好人物の留吉と懐旧談に花を咲かせていると、市は自分が浮世の裏街道を行く放浪者であることも忘れた。そんなとき、平和な村に悪夢のような大事件が突発した。畜生働きの凶盗浅次郎(石橋蓮司)が女房お艶(李礼仙)と寺子屋を占拠、市の首を要求して、大勢の寺子を人質に取ったのだ。市に配下を惨殺されたのを恨んでの暴挙だった。凶盗夫婦は見せしめにまず寺子屋師匠又右衛門(大出俊)・さと(稲川順子)夫婦を血祭りにあげる。狂犬のような人非人のことだ。子供だとて容赦はなかろう。半狂乱の村人たちは暴徒と化し、市を人身御供に出すのをためらう留吉に、昨日までのよき隣人意識はものかは、罵声と石つぶてを投げかけた。
 市は夢にも知らないが、赤ん坊を連れた毒婦を絵に描いたようなばくれん女のお艶こそ、今も市の遠い昔の日の記憶の中で、天女のような童女として鮮烈に生き続ける、幼なじみの大地主の娘のなれの果てだった。淪絡の女のすさんだ生きざまを象徴するかのように、まだ女の色香をほのかに残すお艶の顔面には、無残な刀傷があった。生家の没落で遊女に売られそうになり、女の操を死守するために、まだ純な乙女だったお艶が自ら傷つけたあとだ。だが、顔に傷ある女には当たり前の女の幸福など二度と巡り来なかった。心のすさみきった、すれっからしのお艶だが、自分の腹を痛めた赤ん坊だけには、慈母のようなあふれるばかりの愛情を示した。そして…。