地獄の剣豪 平手造酒

天保水滸伝等で名高い労咳の剣豪、平手造酒。『座頭市物語』での天知茂の好演はあまりにも有名だが、新国劇の雄・辰巳柳太郎主演の本作もかねて見たかった一品。ビデオは出ていたようだが、名画座はもちろんフィルムセンターでの上映もなかったし、TV放映もオレの知るかぎり初めて(時代劇専門チャンネルチャンネルNECOでやってたかも? 現時点では不明)。
「日本映画ベスト150」(文春文庫)では、竹中労先生が選ぶ剣戟(チャンバラ)映画ベストテン第8位にランクイン。
このベストテンの素晴らしいのは、さも当然のように『七人の侍』はもちろん、『用心棒』『椿三十郎』も入っていないコト。

黒澤明は人間の生死に鈍感であり、尊大である。神の意志のごとく、スーパーマン来り、屍を残して去る。『用心棒』『椿三十郎』の主人公は馬鹿ヅラで、武士(もののふ)の哀れさなどまるで一かけらもない」

さすが言うねぇ、竹中先生! 狭い業界の「権威」なぞ昂然とはねのける、その舌鋒のするどさ、はげしさや良し。
さて本作、監督は戦前PCLで黒澤明の大先輩格でもあった巨匠・滝沢英輔。脚本は黒澤作品でもおなじみ、菊島隆三。撮影は三村明。
競演は山田五十鈴宇野重吉三島雅夫ら。山田五十鈴は当時37歳、公私共にパートナーを組んだ名優・加藤嘉とも別れ、演技派女優としてさらなる新展開を図っていた渦中。毒婦になりきれぬ情にもろい酌婦をあだな魅力で演じている。劇団民芸で彼女と一時同門だった宇野重吉は飯岡助五郎方の用心棒役。呑み助で飄々と世を渡る中年浪人ぶりが実に嫌味なくハマってて可笑しい。
「人間、なんとしても生きなきゃはじまらん」という彼の何気ない一言が非業の剣豪の末路に、重く重く、のしかかる……。
なにげに名作であった。竹中先生以外で高く評価している論者を不勉強にも知らないが、昔はこういう映画が当たり前のようにあったんだよなぁ。いいよなぁ。
蛇足ながら、平手造酒のモデルは、実際に劇中でも描かれた喧嘩(でいり)の際に斬死した笹岡繁蔵方の用心棒・平田深善とのこと。さらに付け足せば、子母沢寛自身も特に明らかにしていないようだが、当時、かの座頭市のモデルとでも言うべき、「盲目の按摩で侠客、しかも居合い斬りの達人」なる人物は、どうやら実際にいたらしい(複数の人物の合体説も)。現実は小説より奇なり、すべてが創作で生まれるキャラクターではないというわけか。勝新太郎亡きいま、座頭市は彼の「持ち役」にあらず、たけしを皮切りにもっといろいろな俳優が挑戦していい邦画が世界に誇る最強キャラクターのひとつなのは間違いなかろう。